事業承継M&Aの手順と費用・親族内承継との違い
この記事の要点
- 親族や社内に後継者がいない場合でも会社と雇用の継続が可能
- 検討開始から最終契約までの期間はおおよそ6か月から1年半程度
- 株式売却益に対する個人の税率は一律20.315%の申告分離課税
事業承継におけるM&Aとは、後継者不在の企業が第三者へ株式や事業を譲渡し、会社の存続と雇用の維持を図る選択肢です。親族や社内に適任者がいない場合でも、外部の資本力や経営資源を活用して事業を継続できます。
一方で、社風の不一致による従業員の離職や、希望売却価格と買い手側の企業評価に開きが生じて交渉が決裂するリスクも存在します。親族内承継や社内承継と比べた特徴を把握し、自社に適した手法を見極める準備が欠かせません。
事業承継におけるM&Aと従来の承継手法の違い
事業承継のアプローチは、大きく「親族内承継」「社内承継(役員・従業員)」「第三者承継(M&A)」の3種類に分かれます。
親族内承継・社内承継との比較
親族内承継は、経営者の子どもや親族へ株式と経営権を引き継ぐ手法です。関係者からの心情的な理解を得やすい半面、後継者候補に経営の意思や資質が不足している場合、事業の維持が困難になります。また、相続人が複数いる場合は遺産分割を巡る争いが生じやすい側面もあります。
社内承継は、役員や優秀な従業員に引き継ぐ方法です。業務を熟知している人物が継ぐため業務上の混乱は生じにくい一方、後継者に自社株を買い取る十分な個人資金がないケースが多く見られます。
第三者承継(M&A)は、自社の株式を買い手企業へ売却し、経営権を移転させます。後継者候補が身内にいなくても廃業を回避でき、現経営者は株式売却益を手元に残して個人保証の解除を目指せます。公的な支援方針や指針については、中小企業庁が公開している「中小M&Aガイドライン」でも客観的なルールが整理されています。
「親族や従業員に適任者がいない場合でも、M&Aによって企業文化や技術を次世代へ引き継ぐ道筋を確保できます」
事業承継M&Aを進める6つの手順
事業承継を目的としたM&Aは、検討開始から最終契約・引き継ぎの完了までおおよそ6か月から1年半程度の期間を要します。大まかな手順は次の6段階です。
手順1:自社の現状整理と目的の明確化
最初に自社の強み・弱み、財務状況、許認可の有無を棚卸しします。会社売却を希望する時期、譲渡対価の希望水準、従業員の雇用維持の条件など、譲れない条件を整理します。
手順2:M&A仲介会社や専門家への相談
自社のみで買い手を探すのは難しいため、M&A仲介会社やFA(ファイナンシャルアドバイザー)、金融機関へ相談します。秘密保持契約を締結した上で、決算書等の情報を提供し、企業価値の試算を依頼します。
手順3:ノンネームシートの作成と買い手探し
企業名が特定されない範囲で業種・地域・業績概要をまとめた「ノンネームシート(ティーザー)」を作成し、候補企業へ打診します。関心を示した企業とは秘密保持契約を結び、詳細な企業情報(インフォメーションメモランダム)を開示します。
手順4:トップ面談と基本合意書の締結
経営者同士が直接対話し、事業の理念や統合後の方向性を確認します。条件面でおおむね一致した段階で、暫定的な譲渡価格や独占交渉権の期間を定めた「基本合意書」を取り交わします。
手順5:デューデリジェンス(買収監査)の受け入れ
買い手側が公認会計士や弁護士を派遣し、売り手の財務・法務・税務・労務などのリスクを詳細に調査します。売り手側は求められた資料を速やかに開示し、未払い残業代や簿外債務の有無を正確に説明する必要があります。
手順6:最終契約の締結とクロージング
監査結果を踏まえて最終的な譲渡価格や引き継ぎ条件を調整し、最終譲渡契約書(DA)を締結します。株式の引き渡しと対価の決済(クロージング)を行い、経営権の移行と新旧経営者の引継ぎ期間に入ります。

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事業承継M&Aでは、仲介会社や士業への報酬、譲渡所得に対する税金などが発生します。
仲介会社・専門家への手数料
多くのM&A仲介会社では、取引金額に応じて報酬割合が決まる「レーマン方式」が採用されています。
- 着手金:0円〜100万円程度(完全成功報酬型の会社では0円)
- 中間金:50万円〜200万円程度(基本合意締結時に発生する場合あり)
- 成功報酬:取引金額の2%〜5%程度(最低手数料が500万円〜2,000万円前後に設定されていることが多い)
小規模な事業者の場合、最低手数料が高額だと手元に残る金額が大きく減るため、料金体系を事前に確認することが重要です。
譲渡所得にかかる税金
個人株主が株式を売却して得た利益(譲渡所得)には、所得税および住民税が課されます。税率は所得税15%、復興特別所得税0.315%、住民税5%を合わせた合計20.315%です。親族への贈与や相続と異なり、株式の売却対価から取得費と委託手数料を差し引いた金額に対して分離課税が適用されます。税務の具体的な取り扱いや特例適用の可否については、国税庁の公表資料を確認するか、税理士等の専門家へ相談してください。
よくある失敗例と防ぐための対策
M&Aによる事業承継は、契約が締結できれば成功とは限りません。代表的な失敗パターンを把握しておく必要があります。
失敗例1:情報漏洩による従業員の離職や取引先離れ
M&Aの交渉を行っている事実が正式発表前に社内外へ漏れ、不安を抱いたキーマンが退職したり、取引先が契約を見直したりするケースがあります。
- 対策:初期段階では社内でもごく一部の役員のみに限定して共有し、提携先との間でも秘密保持義務を厳格に順守します。
失敗例2:デューデリジェンスでのリスク発覚による条件減額・破談
帳簿に記載されていない未払い残業代や社会保険の未加入、過去の契約書の不備などが監査段階で発覚し、大幅な減額要求を受けたり交渉が打ち切られたりするケースがあります。
- 対策:専門家に依頼して事前にプレデューデリジェンスを実施し、自社の労務や法務の不備を洗い出して事前に是正しておきます。
失敗例3:成約後の企業文化の不一致による統合の失敗
契約締結後に買い手企業から派遣された経営陣と現場の従業員との間で業務方針が衝突し、モチベーション低下や業績悪化を招くケースがあります。
- 対策:基本合意前のトップ面談で、経営理念や現場の働き方に対する考え方を擦り合わせ、引き継ぎ期間中の移行支援計画を綿密に定めます。
自社にM&Aが適しているかの判断基準
すべての企業にとってM&Aが最善の手段とは限りません。検討の初期段階では、後継者候補の有無、事業の収益性、借入金の個人保証の状況を比較検討し、第三者承継を進めるべきか社内での引き継ぎを模索すべきかを判断します。早めに相談窓口を利用し、自社の客観的な価値を把握しておくことが後悔のない承継につながります。
よくある質問
- Q. 赤字や債務超過の企業でもM&Aによる事業承継は可能ですか?
- A. 技術力、顧客基盤、保有資格などの強みがあれば買い手が見つかるケースはあります。ただし、債務超過の度合いによっては株式譲渡ではなく事業譲渡を選択するなど、手法の調整が必要になることがあります。
- Q. 経営者の個人保証(連帯保証)はM&Aで解除されますか?
- A. 株式譲渡に伴い、買い手企業が新たな保証人となるか融資を完済することで、前経営者の個人保証は解除されるのが一般的です。ただし金融機関との交渉が必要となるため、最終契約前の確認が必須です。
- Q. 従業員や取引先にM&Aの事実を伝えるタイミングはいつですか?
- A. 最終契約が締結され、取引が完了(クロージング)した直後に説明を行うのが原則です。交渉途中で情報が漏洩すると社内の混乱や離職につながるリスクがあるため、発表時期は慎重に決定します。
